自分の性格が嫌になる。
事実、今人生の岐路に立っている、はずなのである。

そう、とても大切な時期で今の自分は物である。
こんなことはある意味で高校時代にリンクしているかもしれない。

というのは、中学時代は夢にあふれていた。
将来、友達と家を創り、そしてそこでの理想の生活を話した。
その時僕は、理想を実現させるためにいい高校に入らないといけないと思い、嫌いな勉強に勤しむようにした。実際出来るようになったわけでもないが、目標は持っていた。
そして、実際思っていた高校に入れた。

中学の頃は、部活にも力が入っていた。
卓球部に入った。最初はやはり遊び半分な面もあったが、いつの間にか「人に負けたくない」と思い始めるようになった。ある程度人数も多かったので、試合に出るには毎回毎回ある練習後の試合で勝たなければ、出られなかった。だから毎日必死に頑張って、ほとんど毎回試合に出れるようになった。

とにかく目標に向かって、ただただ熱中していた。

高校時代。
この時こそ何をしてたか分からない。
中学から継続して、卓球部に入ったが熱を失い途中でやめた。
勉強に関しても、ただ点を取るだけに夢中になっていた。優秀であればいい、本当何かが取り憑いたようだった。少しの希望の光としては、英語が好きだったことと、教員になりたいという夢だけだった。それも、実際大学入試になり、進路が決まったときには儚く消え去ってしまった。

そして、大学時代。
勉強に関しては、やはりまったく興味がないこと。それでも、少しでも何か好きになる糸口をつかもうとした。でも、その糸口はなかなか見つからなかった。

でも、一つ大きな出会いをした。

演劇だった。

今でもその時のことを振り返って考えても、本当に何で選んだのか分からない。最初は高校の時の名残もあってか自分の気持ちは冷めたご飯のような物だったと思う。高校の友達からは、「お前はすぐやめると思うよ」って言われてもいたし、そう言われて自分でもそんな感じがした。

でも、そんなことにはならなかった。昔から、下手で不器用ではあったが、絵を描いたり、物を創ることはなにげにやってたからそれにフィットしたのかもしれないし、そうでないのかもしれないが、久々に夢中になれるものを見つけた。

(その中でも、やっぱり現実から逃げたいから辞めたいと思ったり、自分の行動に今でも腹立つことやいろんな失敗があったけれど。)

そして、三年間やり遂げてはないが、やり通した。でも、まだまだ、なんですけど。まだまだ。

そして、現在。頭は働いても、体がついてこない。
自分でも感じることなのだけれど、おぼろに、ぼろぼろと時間とともに何かが崩れていく感覚は少ししてるんだけれど、体から湧き上がってやる感覚がほとんど無い。
考えることはもういいから目標に向かっていく、力が今欲しい。

と、自分自身に言いたい。

(ちょっと自分について振り返ってしまいました。自分のことを分かってるけど、実際わかってないんでしょうね。)

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